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3月6日

スタッフのあべです。
少し時間が経ちましたが、次女がこの春、七ヶ浜中学校を卒業しました。
3月6日の式典はお天気に恵まれ、11月に完成した新校舎で子どもたちは巣立ちました。この学年は涙より笑顔が多かったように思います。

「少しでも新しい校舎に入れてよかったね」
そんな言葉を掛けてくれたのは、仮設校舎で3年学んだ昨年卒業生した生徒の親御さんです。子どもたちがピカピカの校舎から巣立つことが出来たことは本当に幸せなことだと思います。たくさんの人たちのご支援ご協力頂いたことを忘れずに、大きくのびやかに羽ばたいて欲しいです。


ポスター

そして、この春から、新一年生は新しいデザインの制服になります。
リニューアルした七中ですね。更なる活躍を期待していますよ!



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3月11日、雪の降る朝になりました。
「今日は晴れの予報だったのに」
「なんでこの日に。あの時を思い出すよね」
社会福祉情議会の湯沸し室でお茶入れをしながらの会話です。

「なんだか今になって涙が出てきちゃってさ」
職員の中にも被災者がいます。
「(今まで)踏ん張ってきたの。3年経ったので気が緩んじゃったのかな」
テレビでは、3年目を迎える被災地のことを連日取り上げています。
その一つひとつを見聞きしては泣いていたそうです。

この日のきずな工房は閉所日。
それぞれが故人を偲ぶ一日にさせていただきました。
裁縫の部のスタッフは通常勤務。布の買い出しや、事務処理などを行いました。
おとうさん、おかあさんたちがいない工房はとても静か…
一人くらい間違えて来ないかな?って思ってしまったほどです。


追悼式

そして、午後は社協職員として町の追悼式に参列。
会場の七ヶ浜国際村に向かうまでは、私たちが行ってもいいのだろうかと複雑な気持ちでした。工房の利用者さんのご家族ご親戚もお亡くなりになっています。
ご遺族の皆さんと共に黙とうし、献花台に花を捧げて気持ちが切り替わりました。ピッと襟を正すような身が引き締まる思いです。

皆さん、未だ複雑な思いを抱えたまま節目のときを迎えられたと思います。
「昨日はテレビを見て泣いてばかりいたの」
「いろいろ思い出しちゃってさ。目が腫れちゃってね」
翌日来所した利用者さんたちもそれぞれ思いを巡らしていたようです。

あっという間だったような、長かったような…
この3年をどう表していいのか正直よくわかりません。
ただ夢中で駆け抜けてきたことは確かです。

きずな工房の活動は来年度も続きます。
この場所を心のよりどころにされている方たちが、楽しい時間を過ごせるようにこれからも頑張っていきます。



工房スタッフのあべです。
私事ですが、節目を迎えるにあたって少しだけ語らせてください。

3月9日1

3月9日は子どもの卒業式でした。
七ヶ浜中学校、略して七中の卒業式。

津波で亡くなった同級生の名前も呼ばれ、卒業生全員で返事をし共に卒業を祝いました。式典後、ご家族の元に卒業証書が届けられています。

この春卒業を迎えた子どもたちは「七中校舎最後の卒業生」です。

この学年が1年生だったときの卒業式。
3年生を送り終え、後片付けをしていたときに襲った激しい揺れ。
2年前の3月11日午後2時46分。東日本大震災発生の瞬間でした。

避難所でのボランティア活動。キャンセルが続く中、一番乗りで向かった岩手県奥州市でのグリーンツーリズムなど。それぞれがこの2年間を振り返り、また、支援いただいた多くの皆さんとの交流に思いを巡らせ、あちらこちらですすり泣く声が聞こえてきました。

校舎の損壊がひどく、子どもたちは仮設校舎で学んでいます。
体育館は穴が開いた西側上部にブルシートを張り、改修工事と並行しながら使用。この冬にようやく床工事が済み、今年の卒業式を体育館で行うことが出来ました。


3月9日2

3月8日には「校舎のお別れ式」が行われ、
皆で慣れ親しんだ校舎にさようならをしました。
旧校舎のロッカーの一部が生徒たちに配られました。

本日3月11日から校舎の解体工事が始まります。
また、町では午後2時45分から追悼式が行われます。

工房はお休みし、それぞれが故人を偲ぶ日にさせていただきました。


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